(二)取り消し権の行使期限内であるか?
「民法典」第百五十二条は、重大な誤解による取消権の行使期限は、当事者がその事由を知った又は知るべき 日から九十日以内とすると定めている。原告は 2021 年 7 月に購入制限を知ったが、2021 年 11 月に裁判所に提 訴したので、既に 90 日の取消権の行使期限が過ぎており、重大な誤解を理由に契約の取消を主張することはで きない。
二、手付金契約は担保契約であり、主契約を締結していない場合、従たる契約である手付金契約が無効となる か?
「最高裁による商品建物売買契約紛争事件審理における法律適用の若干問題に関する解釈」第四条は、「売主 は購入同意書、注文書、購入予約書等の方式を通じて、買主から手付金を受け取り、商品建物売買契約締結の 担保としたが、当事者の一方の原因によって、商品建物売買契約を締結できない場合には、法律に定められた手 付金の関連規定に従い、処理する。当事者双方の責任に帰すべきない事由によって、商品建物売買契約が成立 しなかい場合には、売主は買主に手付金を返還しなければならない」と規定している。同解釈の第五条は、商品 建物の購入同意書、注文書、購入予約書等の協議が、「商品建物販売管理法」第十六条に定めら商品建物売買 契約の主要内容を具備し、売主が約定通りに購入代金を受け取った場合には、当該協議を商品建物売買契約と 認定すべきであると規定している。
上記の規定から見れば、今回の紛争事件における「手付金契約」の関連条項は、商品建物売買契約の主要内容 を満たしていない。その主な約定事項は「商品建物売買を予約すること」であり、商品建物売買契約の締結時期を 明確に約定している。「民法典」第四百九十五条は予約契約について、当事者が将来の一定期間内に契約を締 結することを合意した購入同意書、註文書、購入予約書等が予約契約を構成すると規定している。予約契約とは
当事者が将来の一定期間内に本契約を締結することを保障するものである。不動産売買において、本契約は、不 動産の売買契約を指す。予約契約では通常、手付金の支払を担保とすることが取り決められているため、実務で は、通常、「手付金契約」と呼ばれている。
予約契約は本契約を締結することを目的とする独立契約である。当事者が約定に違反し、本契約を締結する義務 を履行しない場合も、違約責任を負う必要がある。「民法典」第四百九十五条第二項では、当事者の一方が予約 契約の本契約締結義務を履行しない場合、相手方は予約契約の違約責任を請求することができる。つまり、予約 契約の効力は本契約に影響されず、将来、予約契約の約束通りに本契約が締結されなくても、予約契約に基づき 違約責任を主張することができる。
予約契約には本契約の締結請求権が発生し、本契約には本契約の履行請求権が発生する。請求権によって、違 約責任が異なっている。当事者が予約契約に違反した場合、違約金又は手付金の賠償責任を適用することがで きる。違約者が本契約締結義務を継続して履行することを請求できるかは、まだ争議がある。民法の意思自治原 則に基づき、当事者は平等な意思のもとに契約を締結しなければならず、予約契約は将来の本契約の締結を合 意しているが、予約契約と本契約はあくまで独立したものであり、本契約の締結は、当事者が合意した上で行うべ きである。当事者の一方が後悔したが、契約締結を強要することは意思自治の原則に反する。「北京市高等裁判 所の不動産売買契約紛争事件審理に関する会議紀要」第二条では、「契約締結後、当事者の一方が正当な理由 なしに不動産売買契約の締結を拒否し、契約を守る当事者が、裁判所に強制的に契約締結を要求する場合、こ れを支持しない」と規定している。これは、当事者の契約締結の自由を尊重すると意見である。
一方、当事者は予約契約を締結する際には、将来に本契約を締結することを明らかに知っているので、誠実に合 意内容を実行することによって、その意思を実現することができるという意見もある 。このような見解は、予約契約 が本契約の延長又は主従関係があり、本契約を締結することは、すなわち予約契約の義務を履行することであり、 契約を守る側への保護を重視している。然しながら、予約契約は不動産売買でよく使われるが、本契約の締結を 強制することは実務上に、多くの問題を生じている。例えば、買主が A 市で不動産売買予約契約を締結したが、 本契約を締結する前に、転勤によって B 市に住むようになったので、A 市の不動産購入を強要することは買主に 大きな困惑をもたらす。また、A 物件の購入予約をした甲さんが、本契約を締結する前に B 物件のほうがコストパフ ォーマンスが高いことから、B 物件を購入しようとした。甲さんに A 物件の購入を強要することは合理的ではないと 考えられる。本契約の締結は契約義務であるが、金銭給付と一般の行為義務と異なり、法律関係を設立することを
目的としており、平等、自発性に基づき行われなければならない。契約の継続履行を支持することは、取引秩序を 一定程度で、保護することができるが、その生じた社会的効果は必ずしも積極的ではない。当事者は本契約を締 結した後、契約履行に対し、消極的であり、契約の継続履行が行き詰まり、最終的には、契約を解除せざるをえな い。従って、筆者は前者の見解を賛同しており、当事者の一方に契約締結を強要することは適切ではなく、損害 賠償の方式を採用して違約責任を負わせることができると考えている。
従って、本件契約における「手付金契約」の実質は予約契約であり、「民法典」五百八十六条に定められている債 権実現を保障する手付金契約と異なり、不動産売買契約が成立していなくても、その効力を否定することがはでき ない。
参考判例
(2022)滬 0113 民初 4885 号
裁判要旨:宝氏と周氏は係争不動産の売買予約契約を締結した。その締結された「新顧城海上馨苑購入予定契 約」は当事者の真実の意思表示であり、合法的で且つ有効であり、当事者双方に拘束力がある。双方が取引を継 続するためには、正式な不動産売買契約を締結しなければならない。意思自治の原則を踏まえ、予約契約に基 づき、当事者双方に本契約の締結を強要することができないため、裁判所は当事者の請求に基づき、予約契約を 解除することができる。
三、購入制限政策が契約締結後に発布された場合の関連問題
本件原告は契約を締結した際に、購入制限政策が既に発布されていた。実務上では、契約を締結した際に購入 資格を持っていたが、その後の購入制限政策によって、契約を継続して履行できなくなったことが屡々ある。関連 法的問題は下記の通りである。
(一)購入制限政策によって契約を継続して履行できない場合
1.資格喪失
新たに発布された購入制限政策が、戸籍、婚姻状況、居住期間、社会保険料の納付状況、個人所得税の納付状 況、所有する住宅数等の特別な要件が設けられており、買主がその要件の一つ又は復数を満たしていなければ、 購入資格を失うことになる。
2.資格を喪失していないが、契約履行能力の制限によって、客観的に契約を継続して履行することができない
住宅購入が制限されていないが、購入するハードルが高くなり、すぐにクリアできず、契約履行が行き詰まってしま う。例えば、頭金比率が大幅に引き上げられ、住宅ローンの貸出条件が厳しくなれば、買主が頭金を全額、用意 できず、ローンの審査が通らなかったり、ローンの限度額が足りなくなったりすることがある。このような場合、買主 は購入制限を受けていないものの、事実上、契約目的を果たすことができないので、前述の資格喪失と本質的に 一致している。
(二)購入制限政策性質の認定 購入制限政策の性質認定については、主に以下の 3 つの観点がある。 1.商業リスク
商業リスクとは、需要と供給の異常変動及び価格の騰落等に関わる固有の商業リスクである。筆者は、不働産市 場のマクロコントロールに基づき、発布された購入制限政策は、市場規律に基づく自発的な調整ではないので、 一定の程度で商業行為に介入したが、商業リスクと認定することは適切ではないと考えている。
2 情勢変更
「民法典」第五三三条は、情勢変更制度について、「契約成立後、客観的状況に予見できない重大な変化が生じ 契約を締結した際の基礎条件に重大な変化が生じた場合、継続して契約を履行することは当事者の一方に対し、 明らかに不公平であれば、契約の変更又は解除を認める」と規定している。購入制限政策は確かに契約の基礎を 揺るがし、契約締結された際に購入制限政策の発布を予見することは不可能である。然しながら、情勢変更制度 は、契約を継続して履行することが、一方の当事者に対し、明らかに不公平であることを強調している。一方、購入 制限政策は、契約が根本的に履行できなくなったことを生じたので、情勢変更制度を適用し、当事者双方の権利 義務関係を介入、調整することができない。
3.不可抗力
「民法典」第八十条の不可抗力規定から見ると、購入制限は「予見、回避できず、且つ克服できない」客観的状況 に該当する。筆者は不可抗力と認定することに賛同している。契約が締結された後に、発布された新しい購入制 限政策は当事者が予見することができず、当事者の何れの責任に帰すべきではないので、不可抗力の規定を適 用し、契約を解除することができる。双方の当事者は責任を負う必要がない。然しながら、この問題に対し、異なる 意見もある。「北京市高等裁判民一庭会議紀要」、「住宅購入制限政策に関連した不動産売買契約紛争案件の 適切な処理に関する会議紀要」は、「不動産売買契約の金額は比較的に高く、買手と買手の双方の利益と密接に 関連した契約である。当事者は契約を締結する際に、契約締結後に、現れる不働産市場リスクと各種の履行障害 に対し、ある程度、予見、判断すべきである。住宅購入制限政策は司法実務で、「契約法」第百十七条における不 可抗力と認定すべきではない。然しながら、購入制限をある程度予見できるとしても、その内容を正確に予見する ことが不可能である。前述の「意見」における「離婚後 3 年以内の所有住宅数が、離婚前の所有住宅数に基づき計 算する」という規定は、明らかに「偽装離婚」を想定したものである。然しながら、買主が契約を締結する前に、正確 に判断することは無理であろう。具体的な内容を予見することができなければ、意思決定及び行動に影響を及ぼ すこともないであろう。その意味で政策を予見することは不可能である。
(三)裁判所の判定基準及び法的根拠
司法実務の中で、裁判所は通常、制限購入政策の適用を避け、双方当事者の責任に帰すべきない事由によって 契約を継続して履行し、契約目的を実現することができず、当事者が契約解除を請求する場合に、契約に別途に 約定があることを除き、契約解除を支持する。当然ながら、裁判所が購入制限政策を不可抗力と認定した場合に は、関連規定を適用し、契約を解除することも、理論的に問題がない。
「最高裁による商品建物契約紛争審理における法律適用の若干問題に関する解釈」第四条は、当事者双方の責 任に帰すべき事由によって、契約が成立しない場合、売主は手付金を買主に返還しなければならないと規定して いる。第十九条では、当事者双方の責任に帰すべきない事由によって、担保契約が成立せず、契約の継続履行 が不可能になった場合、当事者は契約解約を請求することができ、売主はその受け取った購入代金と利子又は 手付金を買主に返還しなければならないと規定している。
最高裁民一庭の見解は次の通りである。不動産売買契約が締結された後、購入制限政策が実施されることによっ て、当事者が不動産所有権の変更登記を行うことができず、買主が契約解除を請求し、売主に購入代金又は手 付金の返還を要求する場合、それを支持する。......審査を経て、取引主体が国家のマクロコントロール政策の制 限によって、不動産売買取引を継続することができない場合、裁判所は契約解除を判定するしかない。......裁判
所はこのような紛争において、契約の継続履行が不可能になった原因と責任を正確に認定することができる。例え ば、マクロコントロール政策が「当事者双方の責任に帰すべきない事由」に該当すると認定し、買主による契約解 除の請求を支持し、売主が購入代金又は手付金を買主に返還すると判定する。また、当事者が契約締結のため に、実際に発生した費用等の合理的な損失を賠償することを請求する場合には、裁判所はその具体的な情状を 酌量して、支持することができる。当事者が履行する過程の違約行為によって購入制限に遭遇した場合には、契 約を守った当事者の違約金、損害賠償等の合理的主張を支持することができる 。
前述の司法解釈及び最高裁の裁判指導意見から見ると、購入制限政策の発布によって契約を履行できなくなっ たことを証明すれば、当事者は、契約解除を主張することができる。売主はその受け取った購入代金又は手付金 (法定利子を含む)は買主に返還する必要がある。
(四)責任を負う
通常、購入制限政策の発布によって、契約を履行することができなくなったことは、当事者双方の責任に帰すべき ではない。然しながら、一方の当事者が契約義務の履行を遅れた(例えば名義変更等)ことによって、新しい制限 購入政策が発布された場合、契約を解除することは可能であるが、契約を守った当事者は法に基づき、違約側に 違約責任を負うことを主張することができる。双方が積極的に契約を履行すれば、購入制限政策が発布される前 に、不動産取引手続を済ませ、政策の影響を避けることが可能である。それゆえ、違約者は契約解除に対し、明ら な過ちが存在し、相応の違約責任を負うべきである。
最高裁の民事裁判第一庭によって編集された「民事裁判実務問答」は上記の問題について、次のように回答した。 双方の履行状況を分析したところ、、契約を守った張氏は、既に契約義務を履行したので、李氏も契約を履行す れば、双方は購入制限政策が発布される前に、不動産の名義変更手続を完了し、契約目的を実現することができ たはずである。契約の継続履行を求める張氏の主張を支持することはできないが、違約責任を追及し、損害を賠 償するという合理的請求について、裁判所は、事実を明らかした上で、保護することができる[6]。
参考判例
(2022) 滬 02 民終 5436 号
判決要旨:「上海市不働産売買契約」は各当事者の真実の意思表示であり、その内容も、法律に禁止される事由 に違反していないので、合法的且つ有効であり、各当事者はそれを遵守すべきである。馬氏が商品住宅を購入す る資格を持っておらず、契約を継続して履行することができなくなったので、馬氏は相応の違約責任を負わなけれ ばならない。馬氏が双方の約定した違約金が高すぎることを理由に、調整を要請したことについて、一審裁判所は 双方の契約履行の客観的状況、馬氏の違約状況と実際の損害額等を考慮し、馬氏の負担する違約金額が合理 的であると認定した 。
(2021)滬 01 民終 15291 号
裁判要旨:陳氏は上記の契約を締結した時点で、住宅購入制限の対象とあったが、上海市の不動産取引慣行及 び実際の購入制限政策の具体的な適用に基づき、購入制限対象になるか否かについて、審査を行う期間は契約 のオンライン届出日である。陳氏が 契約のオンライン届出日までに、制限をクリアすれば、契約を継続して履行 することができる。陳氏は契約締結時に購入制限の対象になっていたとしても、契約を継続して履行できなくなる わけではない。王氏は陳氏が、契約違反したという主張には法的根拠がないので、支持しない。契約履行の過程 で、2021 年 1 月 21 日に「本市の不働産市場のバランスの取れた健全な発展に関する意見」が発布された。当該 新政策の実施により、陳氏は購入制限対象となり、住宅購入資格を喪失した。不動産売買契約は客観的に履行 できなくなったが、当事者の何れの責任に帰すべきではないので、陳氏が王氏に手付金の返還を請求することは 法的根拠があり、本裁判所はその請求を支持する。
購入政策は国が不働産市場をコントロールする重要な手段として、市場を規制すると同時に、取引秩序の安定性 と確実性に一定程度の影響を与え、ひいては法的紛争を引き起こすこともある。「民法典」は更に予約契約、情勢 変更、重大な誤解、違約者による契約解除等の規定を整備し、このような争議解決のために、効果的且つ明確な 法的指南を提供した。
おわりに
購入制限政策の不動産取引に及ぼす悪影響を最小限に抑えるため、筆者は取引に参加する各当事者が契約を 締結する前に、最新の不動産規制政策を全面的に把握することをアドバイスする。買主は購入資格審査に関する 個人情報を誠実に売主に知らせる必要がある。売主は買主の住宅購入資格を慎重に審査する義務を果たし、事 前にリスクを提示し、契約後に新しい政策の発布によって、契約が履行できなくなった場合には、積極的に協議し
合理的に処理し、損失の拡大を避ける必要がある。また、購入制限を承知った上で回避手段(他人の名義を借りて 購入する及び偽装離婚等)を利用して、住宅購入の目的を達成しようとする方もいるが、その法的リスクが非常に 大きいため、軽率な行動を回避したほう良いであろう。