「 クリーンハンズの原則」とは、明らかに不正行為を行った者が、その行為に関する救済請求権を失うという法則である。イギリスの衡平法に由来しており、当事者の行為が「正義、良心、公正」という衡平法上の原則に反する場合裁判所に衡平法上の救済を求めることができないというものである。「クリーンハンズの原則」は、国際商事仲裁において、一般的に受け入れるルールであり、中国民法の多数の条項に反映されている。 例えば、民法第 591 条は、当事者が契約に違反した後、相手側は損害拡大を防止するために、適切な措置を講じなければならず、適切な措置を講じない場合、当事者はその拡大損失に対し、賠償を請求することができないと定めている。つまり、適切な措置を講じない契約の当事者は、相手の契約違反による拡大損害賠償を請求しても、その手が「きれい」ではないので、支持されないことになる。 また、民法第680条及び第1125条には、「クリーンハンズの原則」を内包している。 中国の司法実務において、「模倣品を知りながら購入した消費者」に対し、「3 倍返金」という保護を受けないことも、「クリーンハンズの原則」が適用されるシナリオの一つである。模倣品を知りながら購入した消費者の手が「汚れている」ので、 法的保護を受けることが認められない。
会社法の分野においては、最高裁民事審判第二庭が編纂した『「全国民商事審判業務会議紀要」への理解と応用』は、第 24 条について解釈を行った際に、「クリーンハンズの原則」を引用した。 また、「クリーンハンズの原則」が一部の司法判決で屡々引用されるようになってきている。例えば、上海稚趣商務コンサルティング会社と林卓蘭との利益損害の賠償責任に関する紛争事件[事件番号(2020)02 民終第 1245 号]、邝文生、梁文革、张炽芬、廖齐好と広州梅山自動車運転訓練有限公司との利益損害賠償責任に関する紛争事件[事件番号(2015)穂中法民終字第 886 号]において、裁判所は、「クリーンハンズの原則」を引用した。
「クリーンハンズの原則」の適用シーン:出資義務を履行していない株主は、その他の株主を除名する権利がない
上海宝山区裁判所は、沈某峰と上海百珍不動産有限会社、沈某宜との会社決議有効性確認に関する紛争事件「事件番号(2022)0113 民事 24619 号」において、「クリーンハンズの原則」を適用し、判決を下した。上海百珍不動産有限会社の登録資本は 3800 万元であり、三名の自然人株主、沈某峰、徐某、沈某宜の出資比率は其々、60%30%、10%であった。2022 年 3 月 25 日、上海百珍不動産会社は臨時株主会議を開き、沈某宜が出資義務を履行していないとして、株主を除名することを決議した。本件において、筆者は除名された株主沈某宜を代理弁護士を担当した。法廷審理を経て、沈某峰、沈某宜の持株は相続によって取得されたものであり、沈某宜だけでなく、その他の株主も、出資を引き出したことが分かった。本件争議の焦点は、出資義務を履行しなかった又は出資を引き出した株主が、その他の株主を除名する権利を行使することができるかにある。「会社法司法解釈三」第十七条は、株主資格の解除について規定している。「クリーンハンズの原則」に基づくと、出資した株主(出資契約を履行した株主)が法定手続を通じて、出資義務を履行しなかった株主の資格を解除することができると考えられる。「クリーンハンズの原則」の要旨は、当事者がその不正行為に対する法的救済を得られないというものである。 本件において、原告と被告は会社の登録資本を全て、引き出したことを認めた。沈某峰と徐某が出資を引き出した場合、出資していなかった二人の株主が同様に出資義務未履行のその他の株主の資格を解除することは法的矛盾が存在し、「クリーンハンズの原則」と信義則に違反している。 「会社法司法解釈三」第17条に基づく解除権は、あくまでも出資義務を履行した当事者にある。違反した当事者は解除権を享受しない。
裁判所は、本件を審理した後、次のように判定した:第三者の沈某宜が出資義務を履行していないが、当事者自身の証言から見れば、原告の沈某峰と第三者除某も出資義務の履行を完了していなかった。その二人は出資契約を履行した株主ではなく、株主としての合法利益が損なわれていない。出資義務を履行していない株主は株主会議を開き、その他の株主を除名する決議を行う権利を有しない。その後、出資振り込みの証拠を提出したとしても、二人が決議時に、議決権を有することを補うことができず、出資義務を果たしたことを証明するには不十分である。2022 年 11 月 26 日、宝山区裁判所は当該株主会決議が無効であるとの判決を下した。その判決は既に、法的効力が生じた。
「クリーンハンズの原則」の適用シーン:株主代表訴訟の原告の手がきれいである必要がある
株主の訴訟権利濫用を防止するためには、悪意のある訴訟を防止する仕組みが必要である。 「クリーンハンズの原則」は、訴訟を起こす株主が、会社董事会による侵害行為を支持、承認、批准しておらず、訴訟が起こされた時点で会社利益を公正かつ適切に代表する株主でなければならないことを要求している。 株主が会社に対する不正な行為が行われたことを知った場合、その行為に異議を唱え、会社利益を守るために積極的な行動を取る権利がある。 原告株主が不正行為に賛成、承認、黙認又はその後批准した場合、当該行為に対する株主訴訟を提起する権利を失うことになる。
上海第二中等裁判所が審理した上海稚趣商務情報コンサルティング有限会社と林卓蘭との会社利益損害事件において、裁判所は、余蕾が会社経営過程において、監事としての義務を果たしておらず、会社の違法行為を阻止するのではなく、その決定、実行に積極的に参加したので、余蕾の提起した監事代表訴訟は、商事投資分野の「クリーンハンズの原則」に違反していると認定した。つまり、董事会及び高級管理者の違法行為を明確的に支持、同意又は黙認してはならず、不適切又は違法行為によって権利又は利益を得てはならない。不適切又は違法行為を承認又は同意した株主余蕾は実質的に、会社利益を公正、 適切に代表することができない。従って、余蕾が稚趣会社を代表して、株主の共同決定した税金徴収違反行為に生じたる結果に対し、林卓蘭に単独で責任を負わせるという要求は、「クリーンハンズの原則」に違反しており、支持しない。
「クリーンハンズの原則」の適用制限:株主出資紛争事件の原告は、手がきれいでなくても訴訟権利を有する
出資義務を全額履行していない株主が、その他の出資義務を全額履行していない株主を訴え、出資を払い込ませることは可能であるか? 「会社法第三次司法解釈」第14条1項は、株主が出資を引き出した場合、その他の株主が会社の資本金と利息の返還を請求する場合、裁判所はそれを支持する必要があると定めている。 この場合における「その他の株主」は、「出資契約を守った株主」に限られるであろうか?出資義務を履行した株主に限定した場合、出資義務を全額、履行していない株主は、その他の出資義務を全額、履行していない株主に対し、出資を払い込むことを請求できない。上海第二中等裁判所は、馬維と上海微深医薬科学技術有限会社、合肥鋭邁病院投資管理有限会社等との株主出資紛争事件【事件番号:(2021)沪 02 民終 6428 号】において、争議の焦点の一つは、竜鼎医学会社の株主が出資義務を未履行又は全額、履行していない、共同で公司利益を侵害したが、馬維が未出資の株主として、会社を代表して訴訟を提起し、その他の株主に全面的に出資義務を履行することを要求する資格を有するかにある。
このような問題に対し、一部の法曹者は、「クリーンハンズの原則」に基づき、出資義務を全額、履行していない株主は、会社権利を侵害する侵害者に該当し、会社を代表して、その他の株主に出資義務の全額履行を求める訴訟を起こす資格がないという見解を示した。「クリーンハンズの原則」は、信義則に違反した株主の権利を制限することを要求している。「会社法 」の規定にも反映されている。同様に、訴訟分野においても出資義務を全額、履行していない株主の権利を限定する必要がある。
一方、上海第二中等裁判所は、株主出資紛争事件に「クリーンハンズの原則」を適用すべきではないとの見解を示した。株主による出資義務履行の直接な受益者は、出資義務を全額履行していない株主ではなく、会社である。
不正行為の主体(出資義務を全額、履行していない株主)と受益主体(対象会社)が不一致であることが、株主出資紛争における「クリーンハンズの原則」を適用しないことのカギである。 株主出資紛争について、司法解釈は、株主が直接訴訟を起こす権利を有すると定めている。その訴訟利益は会社に帰属する。株主配当金及び利益剰余金の分配を受ける権利は、間接的な利益にすぎない。従って、出資義務を全額、履行していない株主は、出資を引き出した株主が会社に資本金を返還することによって、直接的に利益を得ることがないので、「クリーンハンズの原則」を適用しない。