米国でのFacebookの独占禁止訴訟提起を踏まえ、中国でテンセントが競合他社をブロックすることの法的リスクに関する考察

昨年末、米国でSNS巨頭のFacebookに対して、FTCが独禁法違反で提訴に踏み切ったが、タイミングを合わせたように、中国でも独禁法当局が「プラットホーム・ビジネスにおける独占禁止法ガイドライン(案)」を公表してパブリック・コメントを求めています。かかる時代背景の下、中国のSNS巨頭を巡っても米国と類似の問題も発生していることから「米国でのFacebookの独占禁止訴訟提起を踏まえ、中国でテンセントが競合他社をブロックすることの法的リスクに関する考察」(遊雲庭 律師)では、中国での独禁法上の問題点について解説しています。
作者:游云庭
2021-02-03 16:17:35

米連邦取引委員会48の州・地域はFacebookがSNSにおいて、競合他社のアプリが自社のAPI(「アプリケーション・プログラミング・インタフェース」:ソフトウェアを第三者のソフトウェアと共有することでアプリケーションの連携を実現すること)にアクセスすることを禁止したことが「独占禁止法」に違反するとして、提訴した。中国国内においても、同様の競争手段が使用されており、また更なる強力な措置を講じる企業もある。例えば、テンセントは微信(ウィーチャット)で、競合他社によるAPIへのアクセスを遮断したほか、そのドメイン名もブロックしている。

ネット・プラットフォーム企業によるブロック行為は、競争秩序を大きく破壊し、技術イノベーションを目指す中小ベンチャー企業の発展を阻害し、ひいては、その息の根を止めてしまう恐れがある。本稿では、Facebookの独占禁止訴訟が中国国内のネット・プラットフォーム企業に与える影響について考察する。

 

 . Facebookはどのような措置を採ってきた?

10年前、Facebookはサードパーティの開発者向けのAPIプラットフォームを発表した。サードパーティの開発者はFacebookのAPIプラットフォームにアクセスすることによって、ログイン、友達検索、自分のFacebookページに「いいね!」を押す等の機能を実現することができる。Facebookの APIへのアクセスによって、サードパーティの開発者は、同社のプラットフォームの優位性を利用して、急速な成長を遂げ、ウィンウィンを実現することができるので、大いに歓迎されていた。

 

然しながら、Facebook社は、プラットフォーム提供者としての利益を守るために、アクセスに関する制限措置を講じ、競合他社の開発したアプリによるAPIへのアクセスを遮断している。同社が公布した2013版のプラットフォーム協議は「われわれが提供している機能を模倣するために、或いはFacebookで手軽に共有できる方法をユーザーに提供しないなど、Facebook上の人々にとってほとんど価値を生み出さない方法で自らの成長の足がかりとするためにFacebookを利用しているごく少数のアプリケーションについては、対抗ポリシーを制定した。ここで、さらに明確化する」と定めている。

今回、米連邦取引委員会による独占禁止訴訟に於いて三つの事例が取り上げられた。Twitter傘下のショートムービー共有アプリ「Vine」、位置情報を利用した写真共有アプリ「Circle」、Facebookの元社員が設立したSNSアプリ「Path」。その3つのアプリは、いずれもFacebookのAPIへのアクセスを遮断され、大打撃を受けたことに。「Vine」、「Circle」は直後に、サービス提供を終了した。「Path」へのアクセス数も激減してしまった。連邦取引委員会がFacebookの社内メールを調べたところ、競争の脅威を感じたことがこれらのアプリを遮断した主な理由であることが分かった。

 

訴状によると、Facebook社は長年にわたり、サードパーティの開発者によるAPIへのアクセスに対し、反競争的な条件を課してきたという。他社のアプリが自社と競争する機能を開発しないこと、或いはその他のSNSサービスにリンクする又は宣伝を行わないことを前提条件に、同社のAPIへのアクセスを認めている。

 

、なぜFacebookに、独占禁止法違反の恐れがある?

米連邦取引委員会はFacebook社がサードパーティの開発者に反競争的な条件を課したことが独占禁止法に違反していると主張している。然しながら、「Facebook社は間違っていない。自社のプラットフォームである以上、自ら利用規則を決めることができる。なぜ、競合他社にプラットフォームを提供しなければならないか」と考える方もいるであろう。

 

これは、独占禁止法の理論に関連している。一般的なプラットフォームの場合、競合他社がプラットフォームを利用することを許可しないことは全く問題がない。然しながら、それが市場支配的地位を有するプラットフォームであれば、法律は異なる規定を定めている。各国の独占禁止法は、市場支配的地位を有する事業者が、市場支配的地位を濫用して競争を排除・制限し、正当な理由なく取引相手との取引を拒否してはならないと規定している。

 

APIへのアクセスを遮断することは取引を拒否することである。Facebookはプラットフォームの市場支配的地位を利用して中小企業の正当な発展を阻害してはならない。競争を回避するために、自社のAPIへのアクセスを遮断することは、正当な理由があるとは言えない。正当な理由は法律で禁止されている事由に限られている。例えば、アダルトサイトやマルウェア等へのブロックが挙げられる。

 

三、テンセントはどのような措置を採ってきたか?

Facebookと同様に、テンセントも微信やQQを通じて、APIへのアクセス・サービスを提供しているが、テンセントはFacebookより、更に強力な措置を採っている。APIへのアクセスを遮断するだけでなく、SNSにおいて、競合他社のサイトリンクもブロックしている。テンセント2019年に、大規模なブロックを行っている。当時、3つのライバル社がほぼ同時にSNSアプリ、「バイトダンスによる多閃」、「羅永浩氏によるブレットメッセジ」、「快播の創業者の王欣新氏によるトイレットMT」をリリースした。

 

然しながら、想像していた「三英戦呂布」は全く実現しなかった。テンセントはすぐさま、「微信」プラットフォームで、三つのアプリを共有するリンクをブロック、自社のAPIへのアクセスを遮断した。上記の3つのアプリは、微信を通じて、広げることができず、すぐ消滅してしまった。

 

テンセントは、新興企業だけでなく、主要ライバルであるアリババとバイトダンスに対しても、手を緩めてはいない。アリババ傘下のタオバオ、天猫、支付宝(アリペイ)、アリ来往、バイトダンス傘下のティックトック、西瓜動画、火山小動画、飛書等のアプリは全て、ブロックされている。テンセントは、APIへのアクセスの遮断、共有リンクへのブロックを反競争手段として使用し、競争優位性を強化してきた。

 

筆者が調べたところFacebookと同様に、テンセントのソフトウェア利用契約にも競合禁止規定がある。「テンセントによる微信ソフトウェア許可及びサービス契約」は、テンセントが「サービス提供対象を選択する権利」、「機能設定を決定する権利」、「機能使用、データ・アクセス及び関連データ開示の対象・範囲を決定する権利」を有すると規定している。更に、「テンセント社は、サードパーティが開発したアプリが、微信又はそのサービス・プラットフォームの既存の主要機能又は機能パーツと類似、同様である場合、或いは上記の機能又は機能パーツの主要効果を実現できる場合、個々の状況に応じて、サービスの提供を中止又は終了する権利を有する」と規定している。

 

「微信外部リンク内容管理規範」は、「微信又はそのサービス・プラットフォームの機能、サービスと類似している、若しくは微信又はそのサービス・プラットフォームの既存の主要機能又は機能パーツと類似、同様できる場合、或いは上記の機能又は機能パーツの主要効果を実現できる場合、処置措置を講じることができる」と規定している。例えば、リンクの伝播、関連のドメイン、アドレスの訪問を停止する、関連リンクを直接、開くことを禁止する、友達圏(モーメンツ)から関連内容をブロックする等の措置を講じることができる。

 

テンセントから見れば、微信で競合他社をブロックすることは正当な手段である。先ず、テンセントは、プラットフォームの運営者として、プラットフォームを管理する責任があり、プラットフォームの運営規則を決定することができる。次に、技術が高度に発達している今では、競合他社が一定程度、成長してくると、止めることができなくなる可能性がある。現実的に、最も効率的な競争戦略は、最初から、その芽を摘み取る又は自社の事業分野から追い出すことである。

 

、なぜテンセントが「独占禁止」に違反するリスクを冒した?

テンセントは、「独占禁止法」の法的リスクについて、深く研究しているはずである。テンセントの講じた対策から見れば、同社は「独占禁止法」の司法裁判、法執行の弱点を熟知している。「独占禁止法」は施行されてから既に十数年が経っている。「独占禁止法」がネット分野における実施状況をみとめてみれば、「理論の遅滞」、「弱い法執行」、「保守的な司法裁判」、「ネット競争への放任主義」等の特徴が見て取れる。

 

伝統的な「独占禁止法」理論は、ネットという新しい分野への適用が困難である部分がある。例えば、ある企業が、どのような市場で独占を構成するかについて、市場の境界を定める必要がある。伝統的な「独占禁止法」論理に基づくと、市場の境界を定めるためには、「仮定独占者テスト」を行う必要がある。「仮定独占者テスト」は通常、対象商品の値上げをシミュレーションし、消費者の対象商品への購入需要が代替できるその他の商品に転じるかを検証する。対象商品が値上がった後、仮定独占者の売り上げが減少したにもかかわらず、利益を得ることができる場合には、関連商品市場を構成すると認定できる。

 

然しながら、ネット・プラットフォームは、ユーザーに提供するサービスは基本、無料であり、その付加サービスに課金することをビジネスモデルとしている。例えば、微信では、ユーザー向けの即時通信サービスは無料であるが、ユーザーが友達圏の広告をクリックすれば、広告主に課金することができる。もし、微信が即時通信サービスに課金したら、ユーザーは課金しない競合他社のアプリを利用してしまう恐れがあるので、テストの目的を達成することができない。

 

行政当局の法執行においても、これまで、ネット企業に対し、寛大な処置を採ってきた。例えば、経営者集中分野において、滴滴と快的の合併、ウーバーチャイナへの買収、百度、アリババ、テンセント等の大手企業が高額の合併・買収を行っていきたが、経営者集中申告をほとんど行っていない。市場支配的地位濫用の法執行において、今までの処罰事例はほぼ、公共事業又は行政独占事件に集中している。ネット分野における市場支配的地位の濫用行為に対しては、大きく世論を引き起こした事件であっても、「独占禁止法」に基づく行政監督が非常に少ないと言える。京東は数年にわたり、プラットフォームの選択を求めるアリババの行為を訴えてきたが、今年になってようやく、市場監督管理総局によって、立件された。

 

更に、司法裁判が非常に保守的であると言える。「3 Q大戦」において、テンセント360社のソフトウェアを搭載したパソコンでQQの稼動を停止し、ユーザーは360社のソフトウェアをアンインストールしなければQQに登録できないと宣言し、ユーザーに「二者択一」を強要した。工信部は、数千万のユーザーに影響を与えることを回避し、その停戦を求めるために、双方の紛争に介入せざるを得なかった。それでも、裁判所はテンセントが市場支配的地位を有せず、市場支配的地位を濫用する行為が存在しないと判定した。

 

「独占禁止法」の「弱い法執行」と「保守的な司法裁判」によって、これまで、中国ネット業界の市場競争は、ある程度、ジャングル法則が適用されている。それは国民経済の発展段階にも関わっている。これまで、当局は業界の発展を奨励するために競争に介入しない方針を貫いてきた。それによって、中国のネット企業が10年以上、急速な発展を継続することができ、その一部は海外に進出し、国際競争力を持つ企業に成長してきている。

 

テンセントはここ数年、「独占禁止法」の法的リスクを恐れず、SNSアプリでライバルを恣意的にブロックしてきたのはこのような特殊な時代背景があると言える。

 

、なぜ事情が変わって来ているのか?

然しながら、ネット企業を取り巻く環境が変わりつつある。人口ボーナスは徐々に消え、ネット産業の成長率は大幅に鈍化した。新華社通信のデータによると、2020年9月、中国のネット利用者数は9.4億人であり、全国の3分の2以上の人口がネットを利用していることになる。2017年から、ネット利用者数の年間増加率はわずか6%であり、それまでの10%を下回っている。ネット利用者数の増加率の鈍化により、ネット産業の高速成長から次の段階に移っている。

 

ネット大手企業による独占行為が、世界的に貧富の格差を拡大させ、伝統的な経済分野にマイナスの影響を与えていることへの不満が高まっている。また、ネット企業が独占禁止法に違反する市場支配的地位の濫用行為、買収、拡張も政府の警戒を招いている。ネット大手会社への独占禁止調査・訴訟は、国際的な潮流となっている。ネット企業に最も寛容な米国でも、独占禁止訴訟が始まった。昨年以降、欧州連合が米国のネット大手企業に対し、独占禁止調査を行い、罰金を課したことを受け、米司法省はグーグル社に対し、独占禁止訴訟を起こし、連邦取引委員会と48の州・地域はFacebookに対し、2件の独占禁止訴訟を起こした。

 

中国国内では、公正競争と消費者の合法的権益を保護するために、「独占禁止法」の法制度が定着しつつある。最近、その法執行の矛先はネット産業に向けられている。下記の2つはその象徴的な出来事である。

 

1、2018年の機構改革において、これまで、発展改革委員会、商務部、国家市場監督管理総局が其々、分散して行使していた「独占禁止法」の行政執行権が国家市場監督管理総局に移行されている。

2、2020年末、国家市場監督管理総局は「プラットフォームビジネスにおける独占禁止ガイドライン」(意見募集稿)(以下、「ガイドライン」)を発布した。

 

意見募集稿であるが、「ガイドライン」の発布によって、多くのネット企業の株価が大幅に下落した。ネット企業の競争に介入しないという政策の風向きが変わったと見込まれていることがその主な原因である。「ガイドライン」は、これまで、ネット分野における独占禁止に関して論争のあった問題について明確に定めている。例えば、「Vie構造に関わる取引が要件を満した場合、経営者独占禁止による集中申告を行う必要がある」、「クーポン」、「ブランドブロック」、「二者択一」、「ビッグデータに基づく不正価格」、「検索順位の低下」、「アクセス制限」、「技術障害」等は、市場支配的地位の濫用行為に認定される可能性がある。プラットフォーム・ビジネス分野の独占禁止事件は、必ずしも関連商品市場の境界を定める必要がない。

 

筆者は「ガイドライン」を支持しており、その正式稿が早期に発表・施行されることを期待している。現在、ネット産業の競争は後半戦に入っており、野蛮とも言える成長は既に終わっている。後半戦は競争秩序を守り、公平且つ合法的に戦う環境を整えるべきである。とはいえ、業界で巨大な会社が存在する以上、公平な競争を期することは難しいであろう。「ガイドライン」が発布されてから既に数ヶ月が経ったが、テンセント社は相変わらず、微信上で、ライバル社のアプリをブロックしている。このような市場支配的地位を濫用する行為は自由競争の市場秩序を著しく損害していると言える。

 

上記のように、テンセントによって、ブロックされた「多閃」、「トイレットMT」、「ブレットメセッジ」はいずれも、発布されたばかりの特徴的なアプリである。開発者は成功経験のある起業家であり、テンセントによって、ブロックされなければ、大量のユーザーに利用され、良い体験をもたらす製品に成長していた可能性がある。テンセントのブロックによって、これらのアプリはすぐさま、消えてしまった。これは科学技術イノベーションへの公然の抑圧であり、科学技術の発展にマイナスの影響を与え、ひいては国民経済と雇用にも影響を及ぼす恐れがある。

 

数年前、テンセントは、360社との独占禁止紛争事件で勝利を勝ち取った。この判決を皮切りに、テンセントは、市場支配的地位を利用して、恣意的に競合他社をブロックしてきた。目下Facebookは米国で、類似行為について既に提訴された。中国でも新たな独占禁止訴訟や独占禁止調査を通じて、テンセントの市場支配的地位の濫用問題を解決する必要があろう。